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まぁ色々とチャレンジングな会社でした

ゲーム

ファミコン時代には、いち早く主力のサードパーティとなり、他機種にゲームを出しつつも、NECと組んでPCエンジンを展開した北海道の気鋭のゲームディベロッパーであったハドソン。

高橋名人(高橋利幸氏)という、いち社員をブランディングし、ファミコン世代で知らない人はいないほどの有名人に仕立て上げた戦略は見事でありました。

ボンバーマンや桃太郎電鉄(オリジナルの伝説のほうも復刻の可能性が?)といったハドソンが生み出したIPは、今もなおゲームファンの間で知られています。(現在はコナミが権利を持っている)

一時期はほぼすべてのプラットフォームにゲームを出し、メーカーロゴのハチ助が印象的だったハドソンも、ゲーム事業の展開のさせ方の拙さであったり、メインバンクであった北海道拓殖銀行の破綻による影響により、あっけなくその歴史を閉じることとなります。

ハドソンに限らずですが、1980年代のゲームバブルに乗っかって大きくなった企業というのは、ゲームづくりのプロであっても経営については素人…というイメージがありますね。

今はスクエニの片方になっている、スクウェアもゲーム開発には実力がある人間が集まっていましたが、経営的にはかなりまずいやり方をしており、スクウェアについてはデジキューブの大失敗やFFのCG映画の大コケなどが経営に大きな影響を与えたとされています。

ポケモンの生みの親の田尻智氏が立ち上げて、今ではほぼ任天堂のセカンドに近い立ち位置のゲームフリークも、元々は同人のゲーム制作集団といった状態だったので、任天堂に見出されたのは僥倖だったと言えます。

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